酒井法子のために1時間の特番が組めるのに
党首討論(45分)のノーカット放送ができない
放送局の存在価値って?
梁山泊か? 梁山泊プロダクションか? - Übungsplatz〔練習場〕 (via konishiroku) (via enjoylivingordie)
2009-08-20
(via gkojay) (via dontrblgme) (via itokonnyaku)
【政治】福島瑞穂氏「入れ墨調査は巨大なるパワハラだ」 「弁護士としての人権感覚がない」 橋下市長を痛烈に批判 (via plasticdreams)
日本人の人権にはさらさら興味はなさそうで
(via myk0119)
212 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/19(土) 10:15:49.99 ID:po3u6E58
じゃあ信長と宗教がらみでひとつ。
伊勢神宮といえば、現在でも日本の神社の代表格。ここには、一定期間で全ての社殿を造りなおす、遷宮という独特の行事がある。
が、南北朝から戦国時代にかけての乱世、その風習は廃れていた。
時の伊勢神宮の上部大夫は、遷宮を復活させたいと織田信長に援助を願い出た。天正十年の事である。
これを聞いて信長は上部大夫に会い、「費用はいかほど必要なのか?」と聞いた。
大夫は「千貫あれば、あとは勧進(寄付)でなんとかなると思います」と伝えると……。
信長「いや、それは甘い。一昨年に八幡宮を直したのだが。そのときも見積もりは三百貫程度だったんだが……。最終的には、千貫以上かかった」
上部大夫「は、はぁ」
信長「だから今回もその程度じゃ足りないだろう」
上部大夫「……」
信長「費用が不足して、民百姓の迷惑になるような事は、あってはならないだろう」
神社の行事で民百姓が困る、とは現代の感覚だとちょっと奇妙だが。これは造営で労力を負担する者達を心配したのか。
いずれにせよ信長は、気前よく三千貫という申し出の三倍の資金を提示した。
その上、必要があればさらに資金を出すと伝えたから、上部大夫は大喜びであった。
しかも信長は、息子の信忠にまで「岐阜城の鳥目銭の縄目を結び直す際、伊勢神宮の遷宮にまだ資金が必要なら分けてやれ」と命じている。
(当時は銭を縄でまとめていたため、縄が悪くなる度に取り替える必要があった)
「魔王」イメージと違い宗教に理解があり庶民の事にも気が回る信長、とても気前がいい話……。
なのだが、実は綺麗には終わらなかった。
そう、この年の六月に本能寺の変が起こり、信長は死んでしまうのだ。
結局、伊勢神宮の遷宮復活は、天正13年にまでずれ込んでようやく成った。
悪い話のほうがいいかもしれんが、流れという事で。
213 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/19(土) 10:26:13.42 ID:RMf+1gf7
間が悪かった話…かねえ
214 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/19(土) 10:50:20.76 ID:CxDgdK6J
信長さんは、宗教というよりも人の信心を利用して儲けてる連中が大嫌いだったんだろうな~
215 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/19(土) 11:38:38.68 ID:ut2qXt/1
信長の良い話が続いているけど本当に激しい落差のある多面性だよね。
若い頃の信さんの良い話を読むと魅力的ナ人だったんだよなと思う。
晩年の頃と変わらない短気で冷酷な所はあるんだろうけど、結構人の心のツボを
押えていて心酔する人間の気持ちもわかる。
信長はよく裏切られているけど、尾張時代の家臣が裏切らなかったのは
信長の苛烈な部分だけではなく「情」の部分も知ってたからかだろうか。
でも浅井の裏切りから変わっていくんだよな。。。。
777 :名無しさん@十周年:2010/01/31(日) 13:12:32 ID:SBchUkZG0
1945年 日本の敗戦後、日本の統治下にあった朝鮮は
韓国と北朝鮮に独立し
台湾は中国に併合された
1946年11月12日、GHQは
「帰国しない在日は日本国籍」と通達を出したが
これに在日が反発した(敗戦国の三等国民にはなりたくない)ため
GHQは通達を撤回した。
1951年「韓国政府は在日朝鮮人に韓国国籍の国籍を与え
その人権および財産に保護を与える事を決定した」
そして、サンフランシスコ講和条約締結(昭和27年4月28日発効)によって
朝鮮人の日本国籍は消滅したのだ。
そのうえ在日朝鮮統一民主戦線(民潭と総連にわかれる前の組織)
の第六回拡大中央会議(昭和27年5月)においても、
「日本国籍を喪失させる処置 に対する 具体的な反対運動は 提案されていない」と報告されている。
在日、本人達自身が日本国籍を拒み
「半島に唯一存在する国家」が国籍を与えたのである。
よって、今いる在日は、本当の外国人なのです
【知事が政権批判したら、民主は長崎県の陳情拒否】
(2012年5月23日10時44分 読売新聞)
【民主の陳情拒否問題で長崎知事が陳謝】
(2012年5月23日12時59分 読売新聞)
中村長崎県知事の発言
「原発再稼働など今の政権与党は山積する課題に対応する能力が本当にあるのか。疑問を禁じ得ない」
これを民主党の長崎県連幹事長の渡辺敏勝は
「あの発言で批判していないというのは認識が甘い」
(だから長崎県の民主党が牛耳る政府への要望は受け付けさせない)
と対応している状態。
民主党政権に対する批判は予算などで報復することで言うことを聞かせようとする。
というのが民主党政権になってからの一貫したやり方のようです。
そして場合によっては自分たちの選挙に利するように
個所付け情報を先に漏らすという事を実際に行ったのも民主党です。
2010年1月に行われたこの問題は馬淵と三日月の二人に責任を押しつけましたが、
予算配分も決まってないうちから
公共事業の個所付け情報を民主党から地元の建設業などへ流した典型的な悪徳政治の形でした。
民主党が2年前にやったのは
「予算は俺達が配分するんだ。俺達を支持しろ」
というためにその権力を使った形です。
特に長崎の件は
以前にも書きましたが
長崎県知事選に負けた報復として
現知事を支援したとして農協に対する報復を露骨に示唆したり
そもそも選挙戦のときも
民主党に逆らう事はどうなることかと
露骨な脅しを石井一が行っていた事は忘れてはなりません。
また、当時の長崎県知事選挙では国交大臣であった前原などが
長崎県内の国道を四車線化すると演説するなど
露骨に自分たちの利権誘導を餌として選挙運動を展開していました。
(選挙に負けたのでこの予算の件の話は無くなりました)
そして2011年2月に民主党は枝野が中心となって
「民主党への貢献度によりランク分けし、その貢献度により陳情の重要度を分ける」
として陳情の一元化(各省庁ではなく民主党を通さなければならない)
の仕組みを決定しました。
民主党応援団であるマスコミはこれを全く問題視しませんでした。